
はるこについて|セドナでの歩みとこれまでの想い
セドナの流れの中で

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こうして出会えたことにも、何か意味があるのかもしれません。
私は日本で生まれ育ちました。子どもの頃から、「人はなぜ生まれてくるんだろう」
「人生にはどんな意味があるのだろう」そんなことを、よく考える子でした。どこか生きづらさを感じながら過ごしていた子ども時代だったように思います。でも、だからこそ、目に見えないものや、言葉にならない感覚に、自然と意識が向いていったのかもしれません。
30年以上前、高校生だった私は一人でアメリカへ渡りました。今振り返ると、かなり無謀だったなあ、と自分でも思います。言葉も文化も違う場所で、知っている人も誰もいませんでした。誤解されたり、大都会のマンハッタンで孤独を感じたり、「自分はここでやっていけるのだろうか」と思ったことも、一度や二度ではありません。それでも、なんとか前へ進むために、必死だったように思います。
ニューヨーク大学を卒業後は、そのままマンハッタンで就職し、その後は自分で事業も立ち上げました。経営の世界は決して甘くなく、わからないことだらけで、プレッシャーの中で走り続ける毎日でした。異国での三人の息子たちの子育てや家族のこと、仕事との両立―思い通りにいかないことの方が、ずっと多かったように思います。「どうしよう」と立ち止まってしまうような時期もありました。「たいへんな経験があったからこそ、今、人の痛みや不安に寄り添える」とも言えるのかもしれません。でも振り返ると、ただその時々を必死に生きてきた―そんな感覚が残っています。
そんな中、自分自身の変化を見つめてきました。感謝も、その一つです。以前の私は、
「感謝」という感情さえ、うまく感じることができませんでした。でも今は、日々の小さな出来事の中にも、自然に感謝を感じられるようになってきました。そして―そんな自分の変化を、とても嬉しく感じています。
セドナへの導き
50代を迎えた頃、私は人生の大きな転機の中にいました。
それまで当たり前だと思っていたものや、「こうあるべき」と信じてきたことに、
少しずつ違和感を覚えるようになっていました。長い間、仕事や子育て、日々の現実を必死に生きてきたからこそ、いつの間にか、「こうしなければいけない」という思いの中で、自分自身を縛っていたのかもしれません。そしてその頃から少しずつ、「これからは、自分の心が望むように生きてみたい」そう感じるようになっていきました。ちょうどその頃でした。あるヒーラーの方から、「あなたは1200年代に、ネイティブアメリカンのシャーマンとしてセドナに住んでいました」という言葉を受け取りました。
その言葉を聞いた時、なぜか心の奥深くで腑に落ちるような感覚がありました。「だから私は、こんなにもセドナに惹かれていたのだ」そんな感覚が、自然と心の中に広がっていきました。人生の流れの中で起きることには、時々、理屈では説明できないものがあります。そして私は、何かに導かれるように、セドナへ移り住むことを決めました。

セドナでの瞑想体験

セドナへ移ってから、瞑想は少しずつ、私の日常の一部になっていきました。この地には、人を優しく迎え入れ、内側の変化をそっと促していくようなエネルギーが感じられます。ただセドナの赤い岩山の中に自分の身を置いているだけで、不思議と心が落ち着いていく―そんな感覚になることがあります。
私が特に惹かれている場所の一つが、赤い岩山の奥深くにある、人の少ない場所です。そこでの瞑想は、青く澄んだ空と大地、そして自分自身との境界が、ゆっくりほどけていくような――それは、自分が宇宙へ溶けていく、そんな感覚でもあります。
頭の中の様々な思考も静かになり、深い静寂の中で、微細な感動が広がっていくのです。そして、「自分」という境界線さえなくなり、ただ宇宙の一部として包ま れている―そんな感覚だけが、そこにあるのです。言葉では表しきれないほど、平安と深い愛を感じる時間でもあります。
クリスタルとの出会い
セドナで暮らすようになってから、私は自然とクリスタルに惹かれていきました。クリスタルショップに入った瞬間、なぜか強く惹かれる石があります。理由は分からない。でも、どうしても気になる。そんな感覚です。そして時には、石を手にした瞬間に、
「これは自分の石だ」と感じることもあります。石には、それぞれ異なる個性があります。静けさを感じる石。深く心に残る石。 中でも、私にとって特別な存在となったのが、大きなスモーキーエレスチャルクォーツとの出会いでした。初めてその石を見た時、とても深く、どこか懐かしい感覚を覚えたのを今でも覚えています。その後も、さまざまな石が自然と私のもとへ集まってくるようになりました。

アリゾナに移ってからは、世界最大級のミネラルショーとして知られるツーソンジェムショーへ毎年足を運ぶようになりました。そしてある年、ブルーターラクォーツと出会いました。その石の持つエネルギーは、とても静かで繊細なのに、深く心に響くような感覚がありました。強烈ではないのに、なぜか忘れられない。そんな不思議な存在感がありました。振り返ってみると、ブルーターラクォーツは、後に白多羅菩薩の白光エネルギーヒーリングへとつながっていく、大切な流れのひとつだったように感じています。
時が経つにつれて、私はクリスタルを少しずつ違う存在として感じるようになりました。必要なタイミングで、必要な石と出会う。私はそんなふうに感じています。
現在は、ツーソンジェムショーやブラジルなどで出会ったクリスタルを、ひとつひとつ大切に選んでいます。そして時には、石を見た瞬間に、「これはあの方の石だ」と感じることもあります。
もし、理由は分からなくても、なぜか強く惹かれる石があるなら―そこには、何か意味があるのかもしれません。
セドナでの日々の中で
現在はセドナで、瞑想やヒーリングセッション、プライベートリトリートなどを通して、さまざまな方とのご縁をいただいています。ブラジルやツーソンジェムショーなどへ足を運び、実際にクリスタルに触れながら、石たちとの出会いを大切にしています。人生の中では、必要なタイミングで人や場所、石と巡り合うことがあります。
今ここでこうしてつながれたことにも、心から感謝いたします。
―セドナより、愛と光を込めて
