
クリスタル
石たちとの出会い

クリスタルは、ある日自然と、私たちの人生に現れることがあります。
そして時には、まるでずっと前から出会うことが決まっていたかのように、
不思議と強く惹かれることもあります。振り返ってみると、私は人生のさまざまな場面で、いつもクリスタルに静かに支えられてきたように感じます。
私が初めて迎えたクリスタルは、虹の入った水晶の丸玉と、一対の水晶ポイントでした。それは、今からもう何年も前のことです。今思うと、私の瞑想の旅は、あのクリスタルたちとともに始まったのだと思います。虹の入った水晶の丸玉は、まるでその場を優しく浄化し、空間を静かに整えてくれるようでした。そして水晶ポイントは、瞑想での助けとなり、私の意識をより深い静けさへと導いてくれました。なぜそこまで惹かれるのだろう。当時の私は、そんなことをよく感じていました。きっとあの頃から少しずつ、今につながる流れが始まっていたのでしょう。
それ以降、さまざまなクリスタルとの出会いが、自然と増えていきました。アメリカ各地のジェムショーや、世界最大規模のツーソンジェムショーにも足を運ぶようになっていました。そこには、理由もなく強く惹かれるものや、なぜか目が離せなくなるクリスタルたちが並んでいました。気づけば、世界有数のクリスタル産地であるブジルへ直接足を運ぶようにもなっていました。
クリスタルは、ただ美しいだけではなく、その時々の自分に必要な何かを、静かに映し出してくれる存在なのかもしれません。
心に残るクリスタルたち
クリスタルとの出会いは、どこか、ずっと会いたかった誰かとの再会にも似ているように感じます。
その時々の自分に、自然と響くクリスタルがあるのかもしれません。
そして時には、まるでクリスタルたちが、「私を連れて行って」「あなたと一緒にいたい」と、静かに語りかけてくれているように感じることもあります。理由はうまく説明できないけれど、なぜか心に残るクリスタル。そんな出会いには、きっと意味があるのでしょう。

何年か前、ブラジルでもクリスタルの産地として有名なクリスタリーナという町で、 とてもかわいらしいアメジストポイントに出会いました。透明感のある紫の中に、美しいグラデーションが広がっていて、とても心惹かれて持ち帰りました。そして翌年、 再びブラジルを訪れた際に、アルトパライゾという、広大な水晶鉱床の上に位置する町へ行きました。そこで出会った小さなフラワーアメジストにも、私は強く惹かれました。セドナの自宅へ戻り、二つを並べてみた瞬間、私は思わず驚きました。まるで最初から一緒に存在すべきだったかのように、色合いや雰囲気、そこから感じるものまでもが、美しく調和していたのです。別々の場所で、全く違うタイミングで見つけたクリスタルでしたが、「ああ、この二つは出会うべきだったのだ」と、私は自然に感じていました。そして、その出会いをつないだことに、胸の奥が静かに満たされるような感覚がありました。
クリスタルと瞑想
現在も私は、クリスタルたちとともに、日々静かな瞑想の時間を過ごしています。
私の一日は、瞑想とともに始まり、瞑想とともに終わります。クリスタルは、いつの間にか、私の日々の瞑想に欠かせない存在となっていました。クリスタルとともに瞑想していると、意識は自然と内側へ向かい、少しずつ思考が静かになっていきます。石たちは何も語りません。けれど、そこには確かな存在感があります。ただ静かにそこにありながら、本来の自分自身へ還っていく時間を、そっと支えてくれているように感じます。セドナの自然の中で、クリスタルを手に瞑想していると、赤い岩肌や風、 広く青い空に包まれながら、自分を超えた大きな何かと深くつながっていくような感覚になることがあります。
今では、クリスタルとともにある瞑想が、私にとって自然なものとなっています。


セッションルームとクリスタルたち
私のセッションルームにあるクリスタルたちは、様々なタイミングで 私のもとへやってきました。それぞれに、小さな物語があります。自然と目を引くものもあれば、空間に静かになじんでいるものもあります。その場に、やさしい調和が生まれていくように感じます。セドナで時間を過ごす中で、石たちもまた、この土地のやさしい空気になじんでいくように感じます。
この中から、自然と惹かれるクリスタルを見つけていかれる方もいます。また時には、「今の自分には、どんなクリスタルが合うのでしょうか?」とご相談を受けることもあります。その方に自然と響くクリスタルを、ご一緒に見つけていく時間は、私にとっても嬉しいひとときです。
クリスタルとの出会いが、静かに響くものとなれば嬉しく思います。
